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一年間のまとめ

本日でブログを公開してから一年が経過します。
記事数は31、およそ10日に1つのペースで書くことができており、
思いのほか継続的に更新していることに喜びを感じます。

おかげで文章を読み返せば過去のことを簡単に振り返ることができます。
例えば2012年5月27日(日曜日)に私がしていたことは、昨日のように思い出せます。
朝目を覚まして、JRの駅に行く必要があったために最寄りの新浦安駅まで自転車で行くことにしました。
自宅から自転車でおよそ30分程度と、それなりの距離があるので、ついでに近くのディズニーランド周辺を観光することにしました。
昼にはモスバーガーで食事をとったのですが、待ち時間が15分ほどあったので読みかけの小説を読み終えてしまいました。
一年前のとある一日を詳細に思い出すことは、一般的にはとても困難です。
その困難を乗り越えるために、今後もブログを更新していきたいと思います。

この一年間で作ったものについて。
まず、作曲に関してですが、アイデアを形にすることができていません。
web上に公開したもの、という意味では8つ程度になりますが、そのうちの3つは即興的に作った適当なものなので、実質的には5つ程度です。
その他に合唱コンクール用に4曲分の楽譜を書きました。
楽譜を書くだけというのは、その後の録音や編曲やミックスダウンと比べると非常に楽なものだな、というのが単純な感想です。
作曲を志す皆様は、ポピュラーミュージックよりもクラシック音楽に挑戦されることをおすすめします。
今年はいくつか曲をきちんと発表したいと思っており、そのために高いお金を払って専用のソフトを購入しました。
これを使いこなせるよう努力したいです。

次に詩について。
基本的には曲に付随する形で適当に文章を書いているのですが、
今年書いたものだけで60程度になります。
明らかに曲数よりも多いですが、詩は短い文を適当に書くだけなので、圧倒的に作曲よりも簡単です。
皆様には作曲家になるよりも詩人になることをおすすめします。

さて、まとめは以上です。
今日の日記を書きたいところですが、仕事のある平日は基本的に特に感動もなく、
「疲れた」「眠かった」ぐらいしか思いつきません。
強いていうなら今日は睡眠時間が短かった割には眠くはなかった、といったところでしょう。
というのも昨日(日曜日)は一日中家にいて作曲とゲームに勤しんでいたためです。
デビルサバイバー、というアトラスのゲームをプレイしていたのですが、
ニンテンドーDSのRPGの中でもトップクラスの評価を誇っているようです。

それでは、今年は去年以上にブログを更新していきたいと思っているので、よろしくお願いします。
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今日書いた文章とは?

今日の出来事について日記を書こうと思っていたところ、
普段にも遥かに増して筆が暴走してしまい、ひとつの短編になってしまいました。
文章量も多く、ブログに公開するのも憚られるので、
真剣に私の文章を読みたいと思われる方は以下のURLにお進みください。
なんだかんだ言って、読んで頂けると密かに喜びます。
http://pastebin.com/RKt97SjM

感想は?

一日に三回ブログを更新すること。
もはや私は数えることに意義を感じているほどです。
ダーツをするのであればカウントアップ。
ビリヤードであれば9ボール。
間違い探しを延々と続け、
数学の確率の問題を数え上げによって解き、
素数を言い続けることで精神を穏やかにし、
FF10-2のスフィアブレイクをプレイするように、
私は数字そのものへ愛情を注ぐのです。

幼い頃は身の回りのことが数字で溢れていました。
玩具として与えられるのはバンダイから発売されていた数字の形をしたロボットです。
一見ただのロボットなのですが、折りたたむと見事なまでに数字やアルファベットに変身するのです。
インターネットで検索しても発見できるかどうかはわかりません。
それから九九の電気ボード。
ボタンを押すと答えが表示されます。
極め付けに数字の形をした珊瑚なんかも持っていました。
まさに自然数とも言うべきものです。

ゴールデンウィークは最終日までイベントに溢れていて、久しぶりに羽を伸ばして休むことができました。
家族で出かけることもできましたし、
祖母が元気を失つつあるもまだ外出を楽しんでいるのも見ることができ、
少しだけ日頃の心配も減りました。
身内が幸福に生きることは幸せなことだと思います。

今回の印象深い出来事として、母の姉(叔母)が実家にて話してくれたとあるエピソードがあります。
叔母は小さい頃から詩を綴るのが趣味で、
高校時代には学生向けの文芸雑誌に毎月作品を応募し、
毎回のように詩が掲載されていたそうです。
その雑誌の名前は忘れてしまいましたが、毎回編集長のコメントが入るほど出版社に気に入られていたとのこと。
大学に入学してから旅行が趣味になって、各地を無計画に歩き回っていた時のことです。
北海道のユースホステルに宿泊した際に、一人の女性と知り合ってお互いの連絡先を交換することになりました。
すると相手の女性が自己紹介ついでに自分の好きな詩を叔母の手帳に書き始めたそうです。
その詩は叔母がまさに高校生の頃に雑誌に掲載されていたもので、
叔母は大変驚いたという話です。

それから弟が3年前にとある格闘ゲームの全国大会に出場していたということを初めて聞いて、
私はすっかり驚いてしまいました。
私が知らないすごいことを、周りの人たちは知らない間にやってのけているのです。

今日は大阪の友人たちとパーティをして楽しみました。
その友人の一人とはインターネットを通じて割とドラマチックに知り合いました。
役に立たなそうなものでも、成果を残せればそれなりの見返りになることもあるのです。
パーティについて、多くの人で集まって家で遊ぶというのは最近あまりなかったので、
学生時代に戻ったような気持ちで楽しむことができました。
いつだって一日は気分のいい内に終わらせてしまいたいものです。
ましてやゴールデンウィークの最終日ともあれば。

ゴールデンウィークにやったことは?(一日に二回ブログを更新する)

母が福岡に行くというので、私も車に乗せてもらえることになりました。
夕方から市内で大学時代の後輩と遊ぶ約束をしていたのです。
晴れている割に気温は低く、Tシャツにコーデュロイシャツという服装だけでは少々肌寒く感じられます。
Tシャツは実家にいる兄から借りたものですが、ベージュの地にフェルトで英語の書かれた、一般的洋服でした。
服のデザインの一般性と価格の相関性について調査すれば、割と予想外な結果が出るでしょう。
私の借りていたTシャツが高価なものであることは、ブランドタグを見ればわかる人にはわかるものでした。
しかしタグを見ずにTシャツの価格を判別することは、果たして可能なのでしょうか?
私にはこの問題を解決できません。

後輩のO君とは18時前に改札前で出会うことができました。
鳥栖からの仕事帰り。
彼の行きたい居酒屋があるということで、彼は慣れた手つきでお店に電話を掛けて、私達はそのまま地下鉄で天神駅に向かいます。
6分程度乗車すれば到着する距離なので、久しぶりの対面にもかかわらず車内での会話は控えめなものになりました。
「天神駅の改札口で君のよれた笑顔」という、スピッツの曲のメロディが頭の中を回ります。
しかし私はその場所を何の感想も抱かず通過してしまいました。
改札口とはそれほど印象的ポイントではないように思えます。
天神コアであったり岩田屋であったり、もっと適した場所は見つけようと思えばすぐに発見できるでしょう。

居酒屋は少し路地に入り込んだ場所にあり、会話が弾んでいたこともあって道筋を辿り直すのは難しいです。
「玄海庵」というそのお店は、席数は少ないながらテーブルごとの広さは十分で、
少人数でくつろぐには適していると思いました。

それからの会話内容はプライバシー等に配慮して割愛しますが、
私達は十分に会話を楽しみ、ありがたくも夜はO君の家に泊めさせてもらえることになりました。
彼はクラシック音楽に精通しているので、私はいくつか印象的なCDを聴かせてもらうことができました。
まずはTuurというエストニアの作曲家。
ロックバンド出身ということで切れ味の良いリズム・旋律と、
かなり唐突に雰囲気を変える音楽が特徴的でした。
ギドン・クレーメルというバイオリニストは、母の好みの人物であるそうで、名前はよく知っています。
いくつか演奏を聞いたことがありますが、開放弦の音色を使うことに優れているという印象を持っています。
それからsilvestrovという作曲家。
静かで緩やかな、それでいて旋律の途切れることのない持続的なピアノ曲です。

福岡にいても、私は新しい音楽に触れることができます。
それは私が求めているという理由もあるのでしょうが、むしろ偶然の巡り合いによることが多いです。
彼が福岡に来たのも仕事の初配属なわけです。
私がバイオリンを習っていたのもたまたま地元にオーケストラがあったからです。
もし私が隣りの市に住んでいたとしたら、きっとオーケストラに所属することもなかったでしょう。
音楽はある日偶然に眼前に出現します。
これから音楽を始める人は、急がずに黙ってその時を待つのもいいかもしれません。

それから今回の帰省でもいくつかのバンド音楽を聴きました。
今まで機会が無くて聴けなかったYo La TengoにCocteau TwinsにFrank Zappa。
名前だけを知っていたLCD Soundsystemは歪んだギターが好印象なダンスミュージックで、
ジャケットに昆虫の絵が書かれていたせいで敬遠していたMassive Attackは、
ここ数ヶ月に聴いた音楽の中でも最上位に入るほど、完成度の高いものでした。
私の知らない所で、音楽は丁寧に動き続けています。
関わり合いにならないのは非常に勿体無いと思います。

私はその翌日に門司港レトロに向かい、それから小倉城を撮影して印象的な写真を手に入れることになります。
ピクセルデータの集合体に過ぎないはずのデジタル写真を、私はありがたく眺めることになるのです。
皆さんの所有するバイナリーが幸福なものでありますように。

ドキュメントと背景?

高校時代に私が記述した修学旅行の感想文の一部を、福岡の実家にて見つけました。
明治大学博物館で見た昔の処刑器具と、大江戸博物館についての感想文です。
私なりに何かに影響を受けた文体になっているはずで、
決して他人に晒されない前提で書かれたものですが、
何かを説明するという基本的な部分がおざなりになっている印象を受けてしまいました。

当時私と共に学業の最先端を疾走していたK君(その後京大の理学部に入学して、現在連絡はとっていません)の文章も修学旅行冊子に掲載されていました。
筑波大学の研究施設を見学した際の感想文という課題なのですが、
高校2年生当時の彼の文章は非常に理路整然としています。
丁寧に専門的用語の詳細を調べて不明点を排除した上で、
分子を加速してぶつける有名な実験装置について考察しています。

当時から私は、彼と自分とは相容れない存在かもしれないと漠然と認識していました。
同時に彼の思考が行われる位置の概念的な高さについて、敗北を認めると同時に尊敬さえしていました。
それでも私は彼に多少劣る程度の成績を修めていたし、
彼の頭でっかちな理論より私の感性のほうが優れているのだと愚かにも信じ切っていたのです。
しかし8年ほど経って改めて文章力の差を見せつけられて、実家にいながらつい一人憤ってしまいました。
ニュートリノへの明確な関心と、断頭台への曖昧な抒情。
結論の導き方を知らない私に、彼に勝つ術などあるはずがなかったのです。

今一度高校時代に戻るとすれば、私はK君ともっと仲良くなりたいと思います。
表面上の会話(当時私は多くの物事に対して冷めた視点で認識しており、対人関係も例外ではありませんでした)に終始する関係を断ち切ってしまって、
例えば小論文試験に出てくるような社会問題について議論したり、
あるいは国語の先生が私達に出題したように、「カラマーゾフの兄弟」におけるアリョーシャとイワンの神に関する論争を真剣に模倣したり、
僕はそんなことがやりたい。
彼の底知れない洞察力の上辺だけでも味わいたい。
そしてK君という人物について、僕は心から興味を持ってみたいと思うんだ。

高校時代の文章は、確かな成長の証として私の目の前に登場します。
8年しか経過してないけど、君は可愛い文章を非難できる程度には成長したんだよって、
私のノートが私に語りかけてくれます。
本当に物事を語っているのは高校時代の私のはずなのに。
まるで当時の私がノート一冊一冊に種を蒔いて、
命が出来上がって語り出すのを待っていたみたいです。
人によってはそれは種じゃなくて時限爆弾の類なのかもしれません。
けれどもそれを破裂させてしまうことは本当に勿体無いことです。
これからも私が記述して行く文章が、
私が得た栄養の一部を吸い取ってうまく発芽してくれるように祈っています。
願いを込めて、種を蒔くこと。
可愛くて仕方のない植物を育ててみましょうか。

実家の本棚の中では、しかしながら、本当に探していた物は結局見つけられませんでした。
ポケモン赤、銀、ルビーの三点セットや、
ウェハースのおまけについてくるビックリマンシールをレアカード含めて数枚発見することはできました。
けれど、私が見つけたかったのは、高校二年生の春から夏にかけて綴っていたはずの一行日記帳なのです。
その日にとった行動や読んだ本について、
そしてゲームのプレイ内容について書かれたメモの集合体です。
例えば夏のとある日の日記には、「耐暑行進」という名の高校行事(内容は学校から20km程度離れた所にある山まで、二年生全員で徒歩で往復するもの)の道中で、
特殊なルールの採用されたしりとりを、F君とM君とY君と4人で行ったこと。
加えて帰宅後に進めたサモンナイト2のプレイ記録が書かれているはずです。
残念ながら私の日記帳は、おそらく私自身の手によって捨て去られてしまいました。
紙という媒体は、少々の生活の変動に伴って人知れず闇に葬られてしまいます。
あの日記帳に再び出会いたい。
思いがけぬところから俯瞰的情報を私に与えてくれたかも知れないのに。

私達は記述されたもの"script"を過信する傾向にあると思います。
書物は平気な顔をして私達を容易く裏切るということを、決して忘れるべきではありません。

畢竟。
ここまで私自身の文章についていろいろ雑談めいたことを書いてきましたが、文章は物事を伝えることができなければ意味がありません。
一般的に文章の洗練には構築と模倣が効果的だと考えます。
構築とはあらかじめ断片的に内容をリストアップして、
それらのラインが最低限の論理で結びつくように手を加えること。
模倣とは既存の文章の作り方や使用されている単語を真似ること。
そして、大事なのはそれを繰り返して実行すること。
文章に取り組む不断の努力が、私達の説得力を高めてくれる最も効率的手段です。
プロフィール

Touch0225

Author:Touch0225
神奈川県在住

音楽を聴いたり、作ったり
するのが好きです。
時々日記を更新します。

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