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言葉の使い方について?

会話に楽しみを見出すことが増えつつあります。
意見を一方通行的に伝えてもらう時に感じる心地よさや、
それを理解した時の成長度、
また相手に何かを伝えることができた時の喜び、
実際的な問題解決方法が発見される爽快感に、
私はしばしば溺れてしまいそうになります。

私は意見を求められることが苦手であって、それを改善するためにブログを更新していますが、
最近は単純作業の仕事ゆえに考える時間が多くて、
時間をかけて疑問点に対する回答らしきものを用意することができるようになりつつあります。
しかしそれを即興的に口に出すとなると話は別で、
今後はスピーキングを重点強化していきたいと思う次第です。
どうか私にマイクパフォーマンスの機会が与えられますように。

それから、根拠のない議論を繰り広げ続けることの無益さを感じることが多いです。
私はこう思う、いやそれはこんな悪影響が考えられるから駄目だ、といった応酬は、
きちんとした引用や数値的データがなければ収集をつけることが難しいと思います。
そういう意味では、実際に行動してみるのが一番なのではないかと最近しばしば思うわけです。

さらに、陰口を言われることを嫌います。
ある集団内で何か自分が悪いことを言われている場合、大抵の人はそのことに気づいていると思います。
気づいていることをわざわざ対面して言わずに、裏で会話のネタとして楽しむというのは、
なかなかに苛立たしいものです。
他人に改善を求めようとしているのならともかく、
そうでない場合に誰かのことを悪く言うのはあまり喜ばしいことではないと。
私が嫌いになるのは大抵そういう傾向の強い人です。

言葉の使い方は生命に関わる問題です。
ゆめゆめ忘れるべきでないのは、人が死ぬ原因の少なくない部分は、言葉に依存しているということです。
敬語の正しい用法とかマナーとか、上辺のものを重視するだけではなくて、
考え抜いた独自の新鮮な言葉を使うことを目標として日々過ごしたいです。
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季節について考えることは?

1

今頃は終わりの季節。
新年度が始まって反省と期待に世間が波打ちます。
その中で私は普段どおり日々を過ごすことに全力を尽くしているだけで、
変化を感じることに疎くなっていくでしょう。
桜の花びらにしたって、手に触れると逃げるように消えてしまいます。
そういう気持ちの時に文章を書いて、満足のいくものはなかなか出来ないものです。
大学入試のために勉強している間は、常に新しい知識を吸収していきます。
そうして日々頭脳が更新されて変化し続けることができた人が、
説得力のある文章によって試験に合格するのです。

2

野球の季節は春とは限りません。

----------

子供達が遊んでいました。
狭い都市型の公園で無理矢理野球をしています。
夕日に照らされてなんだかちょっと楽しそうです。

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このような光景を目にして、久しぶりにNumber Girlを聴いてみました。
ノイジーなギターサウンドは、エレキギターでのみ表現できるのでしょうね。
最近は野球に関する話題が多いようで、
世間ではWBCや春の甲子園、そろそろオープン戦といった時期でしょうか。
ここで最後に野球を見たのはいつかと思い出します。
2年前の夏に、ふと立ち寄った広島で見た野球です。
誰と誰が戦っていたのかも記憶から離れていて、
気温のせいで頭があまり明晰でなかったことは覚えています。
その前に野球を見たのは、思い出すと9年前の秋なのです。
プレーオフだかクライマックスシリーズだか、よくわからない制度のダイエー(当時はソフトバンクだったでしょうか)の試合に行きました。
平日に学校を仮病で休んでの観戦だったので、
執拗に迫るテレビカメラから逃げ出したかったことと、
帰りに食べたラーメンぐらいしか記憶にありません。
野球に関することを記憶すること。
それは私に致命的に欠落した能力なのかもしれません。
他人が喋ることは大抵がスポーツに関する話題なのです。
最近読んだ本や聴いた音楽を尋ねてもまともな回答が返って来ない人からは、高確率で感情的野球論を聞くことになります。
それに対して適切に言葉を返すことのできない私は、健康的会話に参加できているとは言い難いと思います。

3

季節へのまなざし。
何かが上手くいかないことを季節のせいにすること。
恋の予感を季節の変化と重ね合わせること。
感傷と季節を同質視すること。
これらはすべて文学的修辞に過ぎないはずです。
人の置かれる立場というのは元来変化・不変が許容されるものです。
どれほど季節が移り変わっても白夜が訪れたとしても、
半熟英雄2のイベントのように悪い人たちに季節が奪われてしまっても、
愛は愛であって偽物の感情に上書きされる必要はないですし、
夏の暑さの中でも気持ちが変わったからといってクーラーを止める必要はありません。
私達は季節というある種象徴的なものに責任を負わせたがっているだけです。

4

先日、お花見会を開催しました。
桜の花はいつ見ても綺麗なものなので、春特有のものであることを忘れてしまいそうでした。

5

季節は一年に四回もやってくるので、思い出の終わりが見えません。
プロフィール

Touch0225

Author:Touch0225
神奈川県在住

音楽を聴いたり、作ったり
するのが好きです。
時々日記を更新します。

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