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年を跨ぐ上で必要なこととは?

頭があまり明確ではありません。
正しいことを探すために食いちぎられる人がいて、
僕は二分法で語れることを十二ぐらいの違った目線で考えています。
考えることが原動力とも思われるかもしれませんが、
脳に電気信号を送ることによってエネルギーを浪費しているかもしれないし、
使わない方が却って老朽化を進めるのかもしれない。
バッテリーと同じように。
冬の夜に外を歩くことが少ない生活をしています。
物語性が欠如しているせいですね。
起承転結や堅固な意思表示があるといいのですが、
部屋の中から梅田ビルの明かりを眺めています。
それは綺麗だと言って全く差し支えがなくて、
僕の目から見る以上は何と比較しても変わりません。
秩序立っているからだと思います。
前衛芸術に心惹かれるのは、基本的に無秩序さ故であると、最近ようやく確信することができました。
気付くのは15年ぐらい遅かったとは思うけど、
ゲーム的に言えば成長速度の限界なのでしょうか。
曖昧な頭脳に、闇雲な携帯電話の予測変換機能が、
僕にとって新しく明白な文脈を紡ぎます。
いとへんに方と書く、紡ぐこと。
プログラミング用のスクリプトを記述するのにも、僕は同じ単語を使うことができそうです。
先に反論しますが、僕の気が赴くことは悪いことでしょうか?
古代の100年と最新の20年と、どっちが大事なのか聞かれても、
説得性の高い答えは導けないでしょう。
それだったら僕はiphoneを信じることになります。
わけのわからない既視感に襲われつつも。

以上が12月30日の午前4時23分ごろに書かれた文章ですが、
ここから先はそれ以降の真っ当な時間を選んで書く予定です。
(真っ当さについて議論を進める意義や意図は一切ないことについては、
お詫び申し上げるしかありませんが。)


おはようございます。
さて現在私は新幹線で福岡へと帰省中です。
眠り掛けの頭で文章を書くという類の芸術が存在するようで、
その真似事をしてみようと夜中の4時に文章を書いてみたのですが、
文章化された物事自体は確かに私自身が考え出したものです。
全くもって同意せざるを得ないものです。
欠陥として、論理に必要な根拠が抜け落ちているし、
時として結論だけが抜け落ちています。
それは誰かが自由に補うことができれば良いものだと思います。
国語の文章題で正解を導くほど厳格なものではないですし、
あの手の問題で正確に答えを提示し続けることは私には到底できません。

今年の総括として、私にしてはたくさんの本を読んだと思います。
それらすべてについて詳細な感想を記したいものですが、
そこまで実行する時間的余裕はありません。
何より私は、「君はこの本も読んでないのかね」という高圧的態度をとってしまうことを恐れています。
4月ごろにマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」に挑戦しようとして一瞬で諦めた時に、
私は「こんなもの読んでたら本当に時が失われてしまうぜ!」なんて軽口を叩いていた記憶があります。
どの本を読むかということについての選択は多分に偶然によって導かれます。
「センスは偶然性に左右される」という持論があるので、
私は他人の志向・嗜好について気にしないどころか、
全てについてそのセンスをどこかに認めようと努力することにしています。
これは純粋に私の努力の問題なのです。

さて、2012年がそろそろ終わりを迎えているわけですが、
私は単純に新年の喜びを表明することができません。
時間が過ぎることが喜ばしいのは成長している時だけです。
中には成長することの限界を信じる人も多くいる訳です。
ひたすらに時が過ぎるのを待つ身になってしまっている人々の前で、
果たして心から新年を喜ぶことができるのか、という現実的問題が少々気になるところです。

でもそんなことは気にせずに、私は爽やかな気持ちで新年を迎えようと思っております。
それに新年を祝う歌がベートーヴェンの交響曲である必要性はありません。
上手い具合にかつてのサークルの先輩が最近ネット発売したCDが入手できましたので、
彼女に敬意を払いつつも波が乱れ風が荒れる本年度を越えていこうと思います。
以下がAmazonページへのリンクです。
音色選択のセンスが実に素敵な曲達です。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B009XSAT4C/ref=mp_s_a_1?qid=1356851466&sr=8-1&pi=SL75

それでは皆様、良いお年をー☆
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最近していたことは?

ここ一週間を振り返ってみたい。
省みることそれ自体は意味が薄いとしても、
例えば10年前の2002年12月16日に私が何をしていたか、
ふと思い返そうとしても参照するデータはなく、
私は予測することしか出来ません。
その予測の中で、私は作曲をしていました。
テレビをつけたまま眠っていると、夢の中でメロディと伴奏が流れてきます。
私がまだ考えたことのない、キーボードやオーケストラを用いた伴奏です。
朝になってそれを思い返すと、不思議な事に音の並びすべてが頭の中に残っています。
参照するデータがないはずなのに。

それ以前にも作曲は試みていましたが、
すべて既存の音楽の模倣でした。
おそらく10年前の今頃、始めてオリジナルといえる曲を作ることができたと思います。

さて、こうやって思い出すにしても、明確な文字媒体が残っていなければ、
私自身のことを証明することができません。
そういえば当時様々なことを携帯電話のスケジュールメモに残していたはずなのですが、
起動してみると長期間電源を供給していなかったために、
メモリ(恐らくフラッシュメモリ)の保存内容が全て消失しておりました。
2進数のデータが行方不明になることほど悲しいものは、そうそうないと思います。

まずは12月7日、この日は業務終了後に会社の忘年会がありました。
細かいことを述べるのは省略しますが、大変記憶があやふやになっており、
何時頃どうやって帰宅したのか、正直な所あまり覚えておりません。
気づいたら何故か電気のついた部屋で、夜中の3時15分に携帯電話でtwitterを眺めていました。

12月8日は母と一緒に神戸観光に向かいました。
午前中はあまりに気分が悪かったので、遅刻を装って集合時間を30分ほど遅らせた11時から観光を開始しました。
海辺と異人館方面を観光しましたが、イタリア館という場所がとても良い観光場所でした。

12月9日は、東京・府中にて大学合唱団の演奏会があり、
卒団性として参加してきました。
この演奏会が非常に素晴らしいもので、
現役生のレベルの高さを思い知らされました。
私はそれについて、賞賛の言葉をいくらでも放つことができます。

12月10日は、会社をお休みして(このことに関しても様々な感想があるのですが)午前中は八王子のホテルで休養し、
午後から都内某所を軽く観光し、割と早く大阪に戻りました。

こうして思い返すと、この3日間の時間の流れは非常に緩やかなもので、
日々の業務に忙殺(労殺)されていると時間の進み具合が速いものです。
その後の日々の記録に関しては、私が職場で休み時間に送ったメールを見返して推測する他ありません。
最近はメールを送ることが多くて忙しいのですが、これは日々を記憶する上で非常に良いことのように思われます。

明日から年末に向けて、矢の如き光陰が過ぎていくことが予測されますが、
どうか皆様も、日々の一挙手一投足の記憶を大切に…。
May good memories remind us.

宣伝

さらに新曲です。

https://soundcloud.com/touch0225/u9h8grsfitb7

眠いので宣伝だけに…。
ボーカロイドは歌詞を歌ってませんが、実際は歌詞があります。
あくまでデモ演奏です。
アコギは生録音ですが、もっと上手く弾けるといいですね。

曲は2010年の夏頃完成したものです。
シンセサイザーの仕組み等を知って、初めて利用した曲です。
また、初めて教会旋法を使った曲でもあります。
CisロクリアのメロディにFis-molの伴奏という微妙な複調がメインの曲です。
例によって半音階等もかなり使ってますが、
メロディは比較的馴染みやすいのではないでしょうか。
個人的に割とよく出来たと思う、お気に入りの一曲です。

今一番欲しいものは?

新曲ができました。

https://soundcloud.com/touch0225/water-life

流れる水を表現したかったのですが、曲構成を予めしっかり考えてなかったせいで、
今ひとつまとまりのない音楽になってしまいました。
次に作る予定の曲は割と聞き応えのあるものになる予定なので、
その時にはtwitterでも宣伝してみようかな?

<曲解説>
使用した音源は、シンセサイザー、グランドピアノ、ボーカル、水系のサウンドエフェクト(サンプリングされたもの)数種類のみです。
それらにリバーブとグラニュラーコーラスという謎のエフェクトを掛けたり掛けなかったりしてます。

曲はほぼ全てフィーリングで作りました。
タイトルが具体的に表現したいものを表してる曲(標題音楽)を作ったのは高校時代以来かもしれません。
それらの意味では非常にロマンティックな楽曲と言えるのでしょうかね。
リズムはボーカル入りの所は大抵7/4拍子で、その他は大体4/4ですが、
ビートがあまり刻まれてないので拍子感は薄い気がします。
作曲をしていると自分の頭がこの拍子感に慣れてしまってるせいで、
他人が聴くと全く印象の違う曲になってしまってそうです。

ラストのピアノはフーガ的な三部形式の現代音楽です。イントロ→A→B→A'(Aの逆行のようなもの)→コーダ。
旋律はMTL(移調の限られた旋法)7番によって書かれています。
主題の追尾や逆行がメインとなっています。

以上で曲の宣伝・解説は終わりです。



さて、普段の日記を書くことにします。
私が一番欲しいのは、お金ですね。
理由は仕事を辞められるからです、おしまい。

と、これだけでは現実的かつ現実感があまりになさ過ぎるので、他にも欲しいものがあるか考えてみましょう。
たとえば途方もないものとして、一国の指導者となる権利、なんかはどうでしょうか。
それから他人の冷蔵庫の中を開けて食べ物を好きなだけ食べられる権利、とか、
エアコンのある職場で知的労働をする権利とか…、
だんだん現実的になってきたので、権利から頭を離しましょう。

次は能力でしょうか。
嫌いな他人の家の窓ガラスを3ミリぐらい浮かせることで取り付けを悪くして窓を開けにくくする能力とか、
半径10メートル以内の道端に落ちてる一円玉の在り処を把握する能力とか…

大体私の欲しいものを挙げていくとこんな感じになります。
(一国の指導者になりたいとはとても思えませんが)
欲しいものについて考える時、私たちは自由を手に入れることができます。
想像力を遥かに越えてしまった所、
高山流水、山紫水明を見逃して、
東海道線よりも長い視界の延長にある、
私たちの本当の欲望を思い出すこと。
それによって跳躍した距離は無限に至ります。
(無限にも数学的には種類がいくつかあるようですが、気持ちの問題として考えます)
欲望の持つ悪いイメージを捨て去って、
たまには欲望の渦に巻き込まれてみようではありませんか。
そうやっていろんなことを無駄に考える遊びに身を没しながら私は最近を過ごしています。

12月も到来してしまい、月日は百代の過客という名フレーズも思い出される季節。
寒さと乾燥には十分注意して、残りの2012年を楽しめるといいですね。
私はどちらにも屈しています。

最近読んだ本は?

今日は東京から半日掛けて鈍行列車で大阪まで帰って来ました。
愚行とするか、もしくは心優しい方が善行と評してくださるか、
ちょっと普通と異なる体験として、
関東からはsuicaでJRに乗ったのですが、
下車する際に大阪駅ではsuicaが使えないとのことで、
チャージに費やしていたせいで現金が無かったので駅員の女性の方にATMまで案内して頂きました。
時間を取らせてしまって申し訳ない気分になりましたが、
駅員の方は(なかば呆れた面持でしたが)私に鈍行列車の感想について優しく質問してくださいました。
皆さんにも今回の駅員さんのような態度を期待します。

今回は長旅ということでニンテンドー3DS用のゲームを購入していたのですが、
中古で購入した3DSは三時間ほどで電池が切れてしまいました。まったく。
なので保険として購入していた村上春樹の1Q84を6時間も読み続ける羽目になりました。
中途半端に3巻ある内の1巻しか読めなかったので明日以降欲求不満に追い立てられることとなりそうですが、
村上春樹の小説にしては伏線とかが沢山あって読むのにやや頭を使いそうな話です。

12月に入ったので総括として、今年は30冊程の本を読みました。
3月中旬以降から読書という新しい趣味ができました。
読んだ本はほとんどが小説です。
最近は頭の良さそうな経営や経済の本よりも小説を読み続けた方が得られるものが多いと思うようになりました。
単純に知識が蓄積されます。
ストーリー中に出てくる豆知識的なことが、新書や理論書で読むよりすんなりと頭に入るし、
芸術表現について学ぶ、という点では明らかに小説に軍配が上がります。

さて、今週はなにやら周りの人(※職場は極めて厳密に除く)の優しさを感じる経験が多くて、
年を終える前の私の気分を皆さんから高揚させてもらっています。
とても嬉しいです。
感謝を告げる方法について、時には劇的なことを考えたりすることもありますが、
そんなことをしなくても一番伝わるのは単純に言葉を発することです。
いくら否定しようとも、言葉に魔力が備わっているということは紛れもなく真実なのですから。
作りものの世界と違って書き換えることの出来ない真実です。
みんな、ありがとうね!
今年もあと4週間、よろしくね!

好きな言葉は?

寒さも増して、心を強く持てない私は感傷的感情さえも表には出せず。
ドトールに佇まって窓の外で降りそうな雪を想像しています。
雪のように心に積もる寂寥を溶かし切ってしまうために、
ふとここで夏の日差しを想像してみましょう。
とりあえず上衣を椅子に掛け、店内の暖房、それから手中の携帯電話の温度と一体化するよう、10秒間目を瞑ります。
さあ店内はすっかり夏もよう。
サーフボードで海上を自在に駆け回る不良少年の声も聞こえてくるようです。

しかし窓際の人々が相変わらず冬の服装をしているので、
私の想像はせいぜい10月上旬の再現が限界でした。
おまけに私は風邪気味です。
これが襲い来る冬の魔力なのでしょうか。

さて表題についてですが、実は私は座右の銘的なものは残念ながら持ち合わせておりません。
たった一つ二つの言葉で私自身の性格が変わってしまうような感動体験をするはずがないと、
私が悪い方向に決め込んでいるからだと思います。
好きな言葉について多く語れる人を見ると、私は彼/彼女の感性が羨ましくてつい深く話を聞いてみたくなるとですが、
あいにく私が鈍い感覚を持っているせいでその話に心の底から同意することができないのです。

でもそれでも、私は皆さんに好きな言葉というものを一生大事にして欲しいと願います。
だってそれは僕の持つことのできない才能だと思うから。
僕に欠けている「一念発起」や「one for all」や「蛍雪の功」「let it be」「きょう、ママンが死んだ」「性狷介、自らの頼む所すこぶる厚く」「i lit a fire, isn't it good, norwegian wood」「sitting in an english garden. waiting for the sun. if the sun don't come, you get a tan from standing in the english rain.」「everything in its right place」
これらの単語の群れを、私は皆さんが持ち続けてくださることを期待します。

さて、ここで終わるのも忍びないので、私がこれまで比較的心に響くと思ったフレーズをいくつか紹介します。
言ってしまえば好きな言葉ですね。
上述したことは大半が嘘だったのです、ごめんねー。

「北極よりも寒い12月の有刺鉄線のような口笛」
ミッシェル・ガン・エレファントというバンドの「シトロエンの孤独」という曲中に出て来る歌詞です。
曲のタイトルも素晴らしいセンスをしていると思うのですが、
12月になると私はいつもこの歌詞を思い出して、その意味不明な説得力に戦慄してしまいます。

他にも好きな言葉を書こうとしましたが、一向に思いつかないのでここで終わります。

それから、前回日記はタイトル詐欺的内容になってしまい、いたく反省しております。
本当は野球のルールすら曖昧な私が、スター選手イチローの魅力を語るという内容にしたかったのですが、
合唱コンクールの興奮やら感動やらで書くのを忘れてしまいました。
イチローとウェーベルンを秤に掛けた時に傾くのはやはりウェーベルンなのでした。
ということで皆さんも是非ウェーベルンのパッサカリアを聴いてくださいね♪
プロフィール

Touch0225

Author:Touch0225
神奈川県在住

音楽を聴いたり、作ったり
するのが好きです。
時々日記を更新します。

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