スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

経過報告

前回ブログを更新した日の深夜から、11月の上旬まで、肺気胸のため入院していました。
なかなか治療が上手くいかず、内視鏡手術をしても回復に向かわなかったこともあって、私の心は弱っていましたが、
幸い1ヶ月程度で退院することができました。
少しずつ社会に慣れ、現在は以前と同様の生活ができるようになりました。
手術後の症状として、人によっては神経痛が続く、とのことでした。
手術してからは1ヶ月以上経過していますが、いまだに若干痛みは残っています。
それでも退院後間もない頃に比べると痛みも遥かに和らぎ、楽になっています。
今年中に完全に痛みが消えてくれることを願います。

今回の入院では色々なドラマ(トラブル?)等がありました。
初日から医師の明らかな医療ミスがあったにもかかわらず不遜な態度をとっているのを見て、
普段温厚な私が大変久しぶりに怒りを露わにしたりもしましたが、
(自分の生命が関わることなので、怒るのは当然のことだと思います。
仮に私が聖人君子であったとしても、
そういう時には感情を表明して今後そういうミスをしないよう指摘しないと、
その医師が別の機会に他人に悪い影響を与えてしまう可能性だってありますよね。)
それらについては、また余裕のある時に記したいと思います。
文章を丁寧にまとめたい気持ちになったら、きちんと書き留めておきたいですね。

さて、私が入院している間は、社会のことに目を向ける余裕がなかったのですが、
世の中では様々なことが起こっていたようです。
中でも、10月下旬に、私の敬愛するシンガーソングライター、Joanna Newsom女史が新譜を発売していたことは、私にとって大変喜ばしいニュースでした。
退院して間もなくAmazonで購入しました。

今回の収録曲は全体的に短めで、
最長の曲でも7分6秒です。
(前々作の「Ys」だと、最短の曲が7分17秒です)
他は大抵3~5分程度と、よくあるポップソングと同じぐらいです。
しかし内容的には、前作・前々作よりも洗練されている印象を受けました。
メロディや伴奏の繰り返しは以前より少なくなり、常に次は何が来るんだろう?という緊張感があります。
特に1,2曲目はその傾向が強く、30秒ごとぐらいに場面がどんどん展開していきます。
以前の曲のような繰り返しを好む方もいらっしゃるかとは思いますが、
私は今回のスタイルの方が遥かに好みですね。
そんな訳で、今回のアルバムは極めて優れていると感じました。
恐らく今年聴いた中で一番のアルバムでしょう。
ここ10年間でも、これほど心を打たれたアルバムはほとんどありません。

彼女の曲に関しては、歌詞も大変好みです。
今回も相変わらず物語風味で、暗示的・難解な(Wikipediaには"cryptic"と書かれていますね)作りになっています。
私は何となく5曲目が好きだったので、インターネットで英語での歌詞解説を読んでいました。
楽曲は牧歌的でファンタジックな雰囲気なのですが、歌詞の内容は完全にSFで、時間を越えて行われる宇宙戦争のお話でした。
今までは歌詞の内容もファンタジックなものが多かったので、ちょっと読んだだけで新しい方向性に心惹かれました。
ジャンルは若干異なりますが、引用やパロディが多いのは相変わらずでした。

解説を読みながら雰囲気をつかんで日本語にしてみました。
不明な/間違ってそうな部分も多いですが、およそこんな感じです。


----------------------

第101航光部隊のワルツ

彼らが探求していた真理に到達したんだって
私が安堵していられたのは
そして私達の危機は過ぎ去ったのだと
私が信じていられたのは
先の3つの大戦に続いて起こった
あの戦争が終結する
前日までのことだった
(3つの大戦には辛うじて勝利したけど
4つ目は極めて不注意に行われてしまった)

兵隊が国会議席のような台座から打ち上げられる時
彼の艇も笛の音を立てながら上昇していった
今になって思い出せば
第101航光部隊の艇団の後姿を
雲が星条旗のように包んでいたのは
不吉な暗示だったんだってわかる

日は長く
井戸は枯れる
そして私たちは直面した
時間は宇宙よりも広大であるという事実に
私たちは「大いなる分水嶺」に惜別の辞を述べて
限界点無き擬似空間"シミュラクリージ"を見つけ出した
入植への期待は高まった

かつて私達は船首に縛り付けられていた
乗組員ではあったけれど
操縦できなかった船に
それは「あなた」や「私」が「今」という意味を持たなくなる前のお話
「ここ」についてだけを意味するようになる前のお話
(「年」ではなく「インチ」や「マイル」について、という意味よ)
そしてそれは宇宙の膨張が限界を迎えて
「時間」という概念が他の矮小な3つとともに
新しい座標に組み込まれる前のお話よ
重荷を背負い
火を起こし
煙草を交易しながら
私達の幽霊と戦争をしていた時のお話よ

(でも私はベーリング海峡大橋と黄金の門を見たわ
黄金の時代に静かに佇んでいるその姿を!
そこに私はいて、原初のままに崩落していない橋の姿を見ていたことがあるのだけれど
あなたには私がそれを守れたかどうかはわからないでしょうね)

私は夢を見ていたわ
シャボー研究所の庭園と
望遠鏡の廃墟を歩く夢
そこで私は愛する人を見た
彼の顔色は千年紀の蒼ざめた月のようだった
私はあなたの名を叫んだ
「ああ、そんなに傷ついて、どうやってここまで来たのですか?」

夢から覚めると彼はいなかった
そして永劫回帰の輪廻の中で
新しい戦争が始まっていた
ハイランド軽光兵連隊(新HLI)との戦乱の渦中に
私は叫んだ
「あなたの仲間達は一体全体どこにいるのですか?
第101航光部隊の精鋭達は!?」

もう止めて!愛しい人よ!
私達は間違っていたんだわ
光の速さで進んでも神秘は解明されないし
スライドの束を剥がしていくようなことはできないわ!
私達にわかったことは
時間は宇宙よりも遥かに広大であるという事実だけだった

そんな訳で敗残者の私たちは
航光士たちが散って行った空の下で
この丸く不毛な母なる島からどこにも行けなくなってしまった
彼らはあの風吹く高原(ハイランズ)に埋もれてしまったの?
「ハイランズ、遥けき国よ!」

----------------------


タイトルは、第二次大戦中の米空艇部隊の名前の捩りみたいです。
101st Airborne という固有名詞が元ネタです。
私は歴史に疎いので、今回色々調べて大変勉強になりました。
また、最後の一文は、シーシャンティの一節のパロディだそうです。
原詩は「ローランズ、遥けき国よ」というもので、メロディラインも同じです。
"simulacreage"という単語は造語のようで、
simulacraとacreageを合わせたもの、とのことです。
acreageはacreの変化形なので雰囲気はわかりますが、
simulacraというのはなかなか難しい単語です。
大まかな意味は、「真似をする(シミュレートされた)もの」みたいです。
SFで頻出する単語のようで、例えばフィリップ・K・ディック氏がアンドロイドを表すのにこの単語を用いているそうです。
この曲中の"simulacreage"は、広大な四次元空間を表す造語として使われているようです。
良い響きの単語ですね。

他にも様々な部分で工夫のなされてある歌詞です。
こんな素晴らしい詩が書けるようになれればいいのにな、と思ってしまいます。
スポンサーサイト

プリズム

昨日は文学関係の同人イベントに行って来ました。
イベント名は、「Text Revolutions」というもので、浅草で開催されていました。
同人イベントというと、これまで私は「コミックマーケット」に一度だけ訪れたのと(会場の雰囲気に気圧されてすぐに撤退した)、
音楽イベントの「M3」にて一度だけ出店して前衛音楽のアルバムを販売したことがあるだけでした。
久々の同人イベントだったのでそれなりに身構えていたのですが、入ってみると意外と明るい雰囲気で、なかなか楽しかったです。
出店されていた方々は丁寧に自分たちの作品について説明してくださいました。
アマチュアの方々の創作文章を読む機会にはこれまであまり巡り会ってなかったのですが、
(祖母が自費出版した俳句集ぐらいでしょうか)
配布用の掌編やサンプルを読むと、それぞれが想いを込めて文章を書いていることが伝わって来ました。
私の知らない人達が、人知れず熱意を注いで書いた文章。
その熱意の片鱗に触れることができて、とても心を打たれました。
プロの方々の文章に比べれば、推敲が甘い部分はありますし、誤字・脱字等も目に付きます。
しかし、そういう技術的な部分は、後から修正できるものなのだろう、という気がしました。
音楽製作における、ミキシング・マスタリング作業のようなものです。
ミキシング作業は、作られた音楽を聴きやすくするために、エコーなどのエフェクトを掛けたり、ピッチ・リズム修正を施したりする作業、
マスタリング作業は、CDに収録するに当たり適切な音量やトラック間の時間を設定したりする作業です。
これらによって、各人の作った曲は磨き上げられて、一聴して優れた作品に仕上がるのです。

文章というと、しかし、一般的な生活を送る分には、内容よりも技術的な部分の方が重要であるなと思います。
例えば会社で必要となる各種文章。
業務マニュアルに稟議書、議事録にメールなどなど。
私はこの4月に事務職勤務することとなりましたが、
わずか半年で数え切れないほどの悪文を見てきました。
例えば、良くないロジックとして、並列された複数項目の中に階層が異なるものが含まれていたり、
MECE原則に基づかない雑多な分類が行われていたり、といったことがあります。
ただ、ロジックの誤りは、訓練を行って自ら気付かないとなかなか治らないと思うので、仕方のない部分は多いと思います。
特に悪いと感じるのは、単純な文法的な誤りです。
一つの文中に、逆接の助詞「が」が3つも4つも出て来たり、
同じ指示語(それ、等)が出現するたびに違う事柄を指していたり、
こういった、本来ならば義務教育で修得すべき事柄が達成されていない文章を読むと、
率直に、私は落胆することしかできません。
(悪いことに、私が会社で見る多くの文章が該当します)
日本の国語教育が役に立たない、等と声高に叫ぶ人はいらっしゃるかと存じますが、
一度自らの文章を見直してみてはいかがでしょうか?
文章が正しい文法に基づいて書かれることは、義務教育の賜物だと、私はよく感じます。
私は文法に関するほとんどの知識を、小学校・中学校時代に頭に叩き込まれて来たのだと記憶しています。

さて、私は文章について普段から非常に大切なものだと感じていますので、
それを蔑ろにする人達に疑問を持ち、つい熱く語ってしまいました。
願わくは皆様が文章を大切に思い、愛していただけますように。

ここから下の文章はすべて、例によってマジック・ザ・ギャザリングに関する文章になりますので、
興味の無い方は是非とも読み飛ばしていただければと存じ上げている所存であります。

ついにテーロスブロックとマジック2015がスタンダードから落ち、公式フォーマットで使用できなくなります。
私はテーロスあたりからMTGを再開したので、愛用してきたカード/よく使われたカードたちのことを思うと感慨深いです。
テーロスの「解消」はカウンターバーンの主力カードでした。
神々の軍勢の「胆汁病」「悲哀まみれ」を主力にした黒系コントロールデッキには大変苦しめられました。
ニクスへの旅では、「開花の幻霊」の大量ドローから、「倒れた者からの力」でパワー40越えのトランプルクリーチャーを作り出して遊んでいました。
マジック2015の「ゴブリンの熟練扇動者」には、最初から最後まで大変お世話になりました。
高額レアでしたが、それに見合った活躍をしてくれました。
これらのカードを見かけることがなくなると考えると、寂しい気分です。

さて、今日はマジック・ザ・ギャザリングの新セット、「戦乱のゼンディカー」のMagic Online版のリリース日です。
ゼンディカーという「次元」(国みたいなもの)は設定的に、現在、世界の終焉をもたらす最強にして最恐の種族「エルドラージ」の封印が解かれ、猛攻撃を受けている状態です。
人々は絶望し、抵抗する気力さえも失いそうになっていますが、
今回のセットのストーリーでは、かつてエルドラージを封印した3人の伝説のプレインズウォーカー(別の次元の宇宙へ渡り歩くことのできる魔術師)が集結し、
立ち向かって行く姿が描かれるのではないかと期待されています。
素敵な設定ですね。
エルドラージは、大抵、これまで存在していたクリーチャーよりも遥かに高いパワー・タフネスを持っており(最大で15マナ15/15)、
雑に強いクリーチャーが大好きな私の好みの種族です。
今回は伝説のエルドラージ「ウラモグ」の新バージョンが収録されていますが、
残る2体の「コジレック」と「エムラクール」が次セットでどんな形で収録されるのか、今から楽しみです。

さて、今回は最近のセットにしては珍しく、かなりカードパワーが低いと思われるカードが収録されていて、眺めていて楽しいです。
(もちろん強力なカードも多数収録されており、全体としてはとてもいいバランスなのではないかと私は思っています。)
「影響力の行使/Exert Influence」は、15年前ぐらいにマジックをプレイしていたような人はコストパフォーマンスが良くないなと感じそうですし、
「うねる撃ちこみ/Serpentine Strike」は対象不成立で役に立たない可能性が結構高くてとても使えなさそう(リミテッドでは稀に役立つ)なのですが、
私の一押しは「プリズム結界/Prism Array」です。

Prism Array / プリズム結界 (4)(青)
エンチャント
収斂 ― プリズム結界は、これを唱えるために支払われたマナの色1色につき、水晶(crystal)カウンターが1個置かれた状態で戦場に出る。
プリズム結界から水晶カウンターを1個取り除く:クリーチャー1体を対象とし、それをタップする。
(白)(青)(黒)(赤)(緑):占術3を行う。(あなたのライブラリーの一番上から3枚のカードを見て、そのうちの望む枚数のカードを望む順番であなたのライブラリーの一番下に置き、残りを望む順番で一番上に置く。)

レインボーマナを消費してまで何をするかと思えば、占術3を行うだけです。
長々と書かれた注釈文が終わって、次に何が起こるのかと期待させる文章を書いておいて何もしない、という点が個人的には好みですね。
ちなみに占術3というと、良くて青1マナのソーサリー呪文分ぐらいの効果でしょう。
往年の名カード「思案/Ponder」あたりと比べてみると、この効果がどれほど些細なものか、わかると思います(繰り返し使える、というメリットはありますが。というか同じセットにレインボーマナを使えば占術5+3枚ドローできるカードがあります。)。
タップ効果の方は意外と役に立つ可能性がありますが、「転倒の磁石」や「陥穽」あたりを使えば良いのではないか、という気もします。
この辺りは今後の研究次第でしょうか。
ちなみに私はこのカードが大好きなので、さっそくMagic Onlineにて購入したところ、
1枚わずか1セント、という価格でした。

現時点での戦乱のゼンディカーに対する見解は、こんな感じですね。
さっきちょっとだけリミテッド(シールド)で遊んだところ、さっそく「うねる打ち込み」がパックから出て来て、
複雑な気分になっています。

Remembrances of Holy Days

長かった9日間の夏休みが終わり、普段の生活に戻って来ました。
睡眠のリズムが変わったために、眠いことをコントロールすることが難しいです。

Sleeping is giving in
No matter what the time is
Sleeping is giving in
So lift your heavy eyelids

Arcade Fire の Rebellion (Lies) という曲の歌詞の一部です。
全体的には、「眠るな」ってことを長々と語る内容です。
仕事中に眠くなった時に聴きたい曲ですね。
この曲は彼らのデビューアルバムの「Funeral」に収録されています。
今回帰省した時に初めて聴いたのですが、とてもいいアルバムでした。
最新アルバムの「Reflector」も結構好きで、私はそれなりに聴き込んでいたのですが、
個人的には「Reflector」の中で一番良い曲よりも、このアルバムの一番悪い曲の方が優れている、というほど素晴らしい印象を受けました。
これからしばらくはこのアルバムを聴き続けることになりそうです。

今回は8/10~16の7日間、福岡に帰省していました。
友人たちと一緒に、車で色々な場所を訪れました。
平尾台、星野村、柳川などなど、どの場所も独自の良さを持っています。
福岡県の中にも私の知らない地域が沢山あることに気付き、いい経験となりました。
普段帰省すると、ブログに内容を書き残したくなるのですが、
今回は敢えて全体的な感想を述べるに留めておきます。
記憶について文章で記録すると、本当は必要だったことを見落とし続けてしまう恐れがあるためです。
記憶を時期に応じて呼び出すことで、常に異なる情景を思い浮かべることが可能となります。
例えば、先日訪れた柳川の記憶について、私は見た風景を順番に思い出していくことができます。
喫茶店から見えた墓場の風景や、舟の上から見える柳川の水門などです。
しかし一度文章にしてしまうと、その書かれた風景を記憶から呼び覚まそうとするあまり、
他の細部がなおざりになってしまう可能性があります。
全体的な叙述のみを行うことによって、曖昧な感想文から多くのことを思い出すことができるのかもしれません。

今回の帰省で、私は3回鰻を食べました。
1食でだいたい2,500円ぐらいするのですが、こちらは旅行気分で帰省しているため、金銭感覚が多少修正されてしまっています。
それから、2回長距離運転をしました。
山道や高速道路を走ったので、緊張感を保っていました。
そして、2回弟とマジック・ザ・ギャザリングで遊びました。
1回兄とマジック・ザ・ギャザリングで遊びました。
実家の家具店で使用している顧客管理ソフトをカスタマイズしました。
ユーザー側で結構カスタマイズできるソフトだったのですが、普段の仕事で得られたITスキルを多少活かすことができたのではないかと思います。
新幹線の中で3つ曲を作りましたが、そのうち2つを出来が悪いと言って破棄しました。
新しい服を買いました。
そして、Arcade Fire の Funeral を聴きました。
何度聴いても素晴らしいアルバムです。

次に帰省するのは年末になるでしょうが、
その時まで福岡県の良いイメージを保っていられるといいなと思います。

See Off

今日から9日間、お休みをいただきました。
一週間以上の休暇を取れたのは、3年前に入社して以来初めてのことで、
何をすればいいやら考え倦ねている所存です。
とりあえず、今日は夜まで予定がなかったので、
Magic Onlineで遊んでいました。

ここから先、この段落が終了するまではマニアックな話がしばらく続きますので、
興味のない方は飛ばしていただければ幸いです。
現在愛用しているのは、赤単のゴブリンスライです。
メタゲームのトップにいる赤単スライと比べると、マナ域や火力呪文は似たような感じですが、クリーチャー構成が違います。
トップメタ型の主力クリーチャーは、abbot of keral keepやzurgo、firedrinker satyrといった感じですが、
私が作ったデッキでは、foundry street denizenやpiledriver、rabblemasterなどのゴブリンクリーチャーを大量に積んでいます。
トップメタ型のものとは一長一短です。
ゴブリンを用いた方が打撃の瞬発力は上昇します。
しかし、最近流行中のabbotを投入する余裕がなく、安定性はその分低下します。
「Abbot of Keral Keep / ケラル砦の修道院長 (1)(赤)
クリーチャー — 人間(Human) モンク(Monk)
果敢(あなたがクリーチャーでない呪文を1つ唱えるたび、ターン終了時まで、このクリーチャーは+1/+1の修整を受ける。)
ケラル砦の修道院長が戦場に出たとき、あなたのライブラリーの一番上のカードを追放する。ターン終了時まで、あなたはそのカードをプレイしてもよい。
2/1」
他のメリットとして、最近赤単をメタったmaster of the waves(プロテクション(赤)持ちの強力クリーチャー)入りの青単信心デッキが増えていますが、
piledriverのブロテクション(青)が非常によく刺さる、という点が挙げられます。
後は、基本的に4ターン目ぐらいには大方の勝負の行方がわかるので、試合に時間があまり掛からない、ということもメリットですね。
サイドボードはアグレッシブ構成を採用していて、4マナ4/4飛行メリット能力持ちのドラゴンを8枚控えさせています。
同型デッキと当たった場合に、土地を2枚ほど増やした上で投入すると、効果があると思います。
それから別に、緑白星座デッキを作成しました。
結構オリジナル部分が多いのですが、フリー対戦するとなかなか安定して戦えそうな感じです。
コントロール寄りで打たれ強いので、デッキパワーの高くない相手に対しては多少引きが悪くても最後に逆転できることが多いです。
(ただ、ライブラリーをとにかく掘りまくるので、運が悪い時にはライブラリーアウトで自滅します)
カード間のシナジーが非常に多いデッキなので、使っていて楽しいです。
そのうちレシピを公開したいと思います。

さて、ここからはMagic Onlineではなくて、日常の話になります。
今日は18時から、新宿で大学時代の先輩の結婚祝賀飲み会に行って来ました。
普段の飲み会並にカジュアルな感じで、大学時代にお世話になった諸先輩方に久々にお会いすることができました。
とても楽しい会でした。
その席で、結婚した先輩から、「BRAHMANの映画が公開されてる」旨のご連絡を賜りました。
BRAHMANとは、知る人ぞ知る日本のインディーズバンドで、
私が中学生の頃は周りの友人たちは皆聴いていました。
かなり歪の強いハードコアなギターサウンドに、
民族音楽的音階の要素を取り入れた、陰鬱なメロディが特徴です。
久々に聴いてみるとかなり特徴的な音楽で、よく練られているなと感心します。
とはいえ映画化されるほどドラマ性のあるバンドなのか、そもそも今時の少年少女たちはBRAHMANについて知っているのか、
甚だ疑問ではあります。
何にせよ、機会があれば観てみたいものです。

さて、私は明後日から久々に福岡に帰省します。
良い思い出が作れるといいですね。

Quite Atrocious

久々にブログを更新すると、継続したくなりますね。
文章は書きたい時に書かなければなりません。
私の手が動く間に、私の頭が働く間に、私の魂が把握できる間に。
私の手に関する問題は、他のものに帰結させることができません。
私の爪が伸びた場合は、私自身の力で爪を切らないといけません。
思い通りにピアノが弾けないからと言って、他人に弾いてもらえばいい訳ではありません。
頭だって、魂だって、同じことです。
私が考えることと全く同じことを、他人が考えているとは到底思えないのですから。

関東に戻って来てからのことを、ブログに書いていませんでしたね。
2012年の5月27日にブログを始めたのですが、
関東でブログを書いたのはそれっきりです。
7月の初めには、すぐに私は関西に居を移してしまいました。
それから2015年の7月に、関東で2回目のブログを更新したのです。
そう考えると、今まで関東での生活をほとんどブログに書いていなかったことになります。
それは非常に勿体無いことのように思えます。
私の憧れはいつだって東京でした。
東京都の西側に密かに存在する、私のホームタウン国立(くにたち)について。
中央線沿線の町並みについて。
よく私は夢見ていました。
そういえば、6月に国分寺駅で下車したのですが、その際には特に懐かしさは感じませんでしたね。

ではまずは神奈川県横浜市港北区日吉について文章を書いてみましょうか。
私が現在住んでいるアパートは、慶應義塾大学のキャンパスのすぐ裏にあります。
5分ほど歩けば、大学の敷地内に入ることができ、木々に囲まれた長い階段を登って行くと、灰色の石壁の講義棟が見えてきます。
「球技禁止」の立札のある芝生の上で、学生たちがラクロスの練習をしています。
9年ほど前に、大学受験で教室に入ったことがあるのですが、
その時に比べると今では近代的なガラス張りの建物も増え、風景がすっかり変わってしまっているようでした。
駅前には賑やかな商店街が広がっています。
飲食店とコンビニエンスストアと都市銀行の看板がメインストリートの両側に散在しており、
人々の歩く街並みに彩りを与えています。
私の目に映る風景は、およそこのような感じです。
駅には東急東横線が走っており、渋谷にも横浜にも15分程度で行くことができます。
そのお陰で、最近は渋谷で遊ぶことが多くなってきました。

渋谷に関して言えば、風景は以前とさして変わりません。
いつものように新しい商業施設が作られて、
いつものように駅の工事が行われて、
スクランブル交差点は人々でひしめいています。
恐らく今後30年ぐらいは、変わらない風景であり続けるでしょう。
渋谷駅の西口方面は、かなり人が少なくて、
私が友人と食事をするのは最近はいつもその辺りです。
福岡では見たこともないほど大きな歩道橋を渡ると、
ギターショップやリンガーハットが密かに佇んでいます。
その奥の通りには比較的手頃な価格で、比較的混んでいない飲食店がいくつかあるのです。

関東の街並みは、大阪や福岡とは全く異なるものだと、改めて感じました。
どの街を見ても、そこには機能性の高さがうかがえます。
計画的に建設された住宅や、適切な人口分布。
少し歩くと大学や高校などの教育機関が大体どこにでも存在します。
水道水は常に綺麗です。
地方都市に住むのが良い、という人もいるでしょうが、私は関東に魅力を感じています。
今年の3月までは(拘束時間の長さもあって、)基本的に会社の人達と過ごす時間が多かったのですが、
それだけでは新しい考え方や価値観がなかなか得られないなと思いました。
関東には友人も多く、仕事の内容にしても多種多様なので、休日に遊んで会話をするだけでも様々な知識が得られます。
私の知らない所で、世界は息をしています。
嵐に揺れる木々のように蠢き、粘土のように形を変えるのです。
その変化に遅れを取らないように、これから日々を過ごしていきたいです。
プロフィール

Touch0225

Author:Touch0225
神奈川県在住

音楽を聴いたり、作ったり
するのが好きです。
時々日記を更新します。

カテゴリ
カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。